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Archive for the ‘01. grad life’ Category

撤退戦略。

去年も最後はバタバタバタと学期末が終わり、ホノルルに出かけたような気がするけれども、今回もおもったいレポートを抱えた状態で結局最後まで余韻に浸る間もなくミシガンでの学生生活も終了。

5月1日に発令が出ているのだけども、最後のレポートの提出をまきまきで頑張った挙げ句、5月3日に最後の一本を提出。

卒業式に出る時間が確保出来なかったのは人事課が変なスケジュールを組んだからだ、と公言しているので、徹頭徹尾「KYな役所」という印象を大学に残したに違いない。

今回の一件については生涯根に持つ予定。

これのおかげで何回お茶の時間を犠牲にしたか。全くもってデリカシーがないというか、無粋だ。

卒業に必要な単位は48単位だったにも関わらず、合計65.25単位取っていたので、自業自得という説が無いわけでもないのだけど(てへ)。

1ヶ月前の(くそ忙しい)時期に内示(国と赴任日)を大使館経由でもらって、授業と予習・復習の合間に、そもそも1) どこの国やねん(さすがに南太平洋の有象無象の島のどれかというところまでは認識していたが、小さ過ぎて google map で検索をしないと見つけられなかった) 、2) 大使館どこにあるのねん、というところを調べつつ、1週間くらい動揺を抑えつつ、フライトを調べて「転居無理」ということで、本省に電話して赴任日を後ろにずらせないかという話をしてというところで、いわゆる期末レポートとかプレゼンテーションの時期が来るような感じ。

その後は、ネタ切れや納期に追われて完全に機能停止。

それでもけなげに、平日に引越し会社に連絡をしたりして、そもそも「荷物運べません」とか、「繁盛期で予約がタイトです」みたいな話もあり・・・

そもそも赴任日に現地入りしてるのかなぁ(苦笑)

とか、

赴任日にまだアメリカにいたら、最初にお叱り電話をかけてくるのはどこだろう(涙目)

・・・モードになって、レポートもはかどらなかったり。

取りあえずレポートの目処がたったところで運良く日通が引き受けてくれることになり、なんとか「ギリギリ」で荷物が運び出せそうだということで無事に撤収が出来そう。

撤退の段取りを考える以前に、いろんなものが後手に廻ってるような・・・。

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他の大学でもやっていることなんだけど、毎学期必ず授業評価をやらないといけない。ミシガン大学の場合は、C-Toolsと呼ばれる授業関連の統合ウェブツールがあって、その中に授業評価のセクションがある。普段はこのセクション何もないんだけど、ある日突然ぽっと「授業評価やってねー!!」というメールと一緒に授業評価用のコンテンツが出てくる。

面白いのは、Bスクールの授業評価は別のアンケートツールを使ってる(ハンドアウトやリーディングはC-Toolsで提供してる)ことと、Ford Schoolの質問項目は同じC-Toolsで授業評価を集めているアカデミックスクールと若干違う点。

Ford Schoolの授業の大半はアカデミックスクールで使っている評価項目を使った方が良い結果が出ると思うのだけど・・・。

Ford Schoolの質問に、theoretical foundation (だったっけか?)を身につけるのに役に立ったかとか、プレゼンテーションで使うスライドはどうかとか、テキストブックは使いやすいかみたいな項目も加わっている。

Ford Schoolの奴もかなり面倒くさいが、さらに面倒くさい。

授業に対する御礼以前に、バタバタしている中でいろいろ考えながらレスポンスするのは結構負担(授業の記憶がぽっと出て来ない時もあったり(涙))。結構前にsurvey monkeyを使ったすごく重たい授業アンケートに丁寧に答えていったはずなのに、同じ授業の評価依頼とかあったり。

真面目に全部答えました。

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“Policy and Management in the Nonprofit Sector” の授業が最終講(いや、むしろこれからが大変だという説も無きにしもあらず)。先生のNeel が喋りたいことを喋るということで「俺が何故非営利団体で働く25の理由」ということで45分、羽目を外してプレゼンテーション。

ちなみにこんな先生

Ann Arbor 育ち。ミシガン大学で学部、ロースクールと進み、天下のFord Motors様(いやぁ、ミシガン大学生及び卒業生はFordというか、Dearborn 市に足を向けて寝てはならないかと)で企業内弁護士を務めた後、NPO業界に転職。Ann Arbor/Washtenaw County 周りの仕事をしてる様子(CEOとかCOOみたいなポジションだけど)。

本当に Ann Arbor が好きなんだなぁ、という感じの人(本人がそう自分をプレゼンしてるだけかもしれないけど)。

Neel自身は自分がCEOをやってたNPOから、Ann Arbor Area Community Foundationという community foundationに転職して、地元の草の根NPOとcommunity developmentへの資金供与を担当してる。この団体からのグラントの受け取り先を見ると、いろいろな団体がAnn Arborとその周辺地域で活動している様子が垣間見える。元々、public universityを抱える大学街としてリベラル色が強く、知識人が多い上、そういう分野にも関心がありそうな金持ちがある程度まとまって住んでいるというかなり特殊なエリアだということもあってか、人口か労働力人口の1割くらいがNPO関係に従事してる(とか)。

その25の理由も相互にかぶってるところがあったりしたのだけど、印象に残ってる部分としては、1)社会的なミッション、2) 価値観を共有出来るネットワーク、3) ライフワークバランス、4) 仕事が楽しいか(=充実しているか)の四点があげられる。普段意識しないけど、「役所で働いていて良かった」と思ってる人というのはどこかしらでこの四点が守られている、気がする(少なくともうちは)。もちろん若干ジェネレーションギャップみたいなのが若干あったりもするのだけど(古き良き時代を知ってる人とポスト不祥事入省世代とか)。

個人的には、どんなプレッシャーや物理的な困難・障害があっても安定した成果を出すべきである、という価値観も判る。

他方で、そうしたネガティブな外的要因は生産性に影響を与える上、本来90%以上の成果を出せるのに、厳しい上司から観た合格点が65%として70%の成果物を青息吐息で出せたとしたら、それは組織の歯車としてはOKだし、それが長期的にはリターンになるとしても、本当に個人の幸せあるいは組織のためになってるのか(=サステイナブルなのか)考えてしまう。

組織は個人のため存在するわけではない、という見方も当然あるわけだけど(特に行政機関は)。

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Judas

去年(も)良くも悪くも話題をかっさらっていった Lady Gaga 御代ですが、グラミー賞でのパフォーマンスが公表だった、ニューアルバムのタイトル曲でもある「Born This Way」に続き、音源が流出してしまってリリースを繰り上げた新曲「Judas」が登場。

余裕でiTunes Music Storeでも一位をかっさらっている辺り、他の曲が弱いのか、本人の力のなせる業なのかよく判らない。ただ「Poker Face」とか「Bad Romance」と2008年のヒットを支えたRedOneを迎えての作品ということで、いわゆる1) ダンスフロアで踊れて、2) ポップさがあり、3) 歌詞がきわどく、アングラという彼女がヒットした要素を一通り抑えたお仕事になってる。

元々19日にリリースの予定だったのがリークで前倒しでリリースすることになったこともあり、BillboardのAirplay等のマーケティング戦術も目算が狂ったような感じ(話題作りのためにわざとやったという議論も出来なくもないけど、ショービズの世界はよく判らん)。

PVはさらに物議をかもすことになるようだけど。

23歳でデビューして、あのポジションを確信犯でやっているのだと思うと、そら恐ろしい・・・。

ちなみに個人的に『The Fame Monster』 の頃のシンプルなジャケットデザインが好きです。

はい。

なんか最近のブログ来訪者、Lady Gagaで来られる方が多くて・・・勉強の息抜きに違うテーマで書いてみた次第(2011年にリリースされたアルバムでは、Adeleの『21』が抜けてると思ってる次第)。

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え?

本日は4月18日ですが、雪が降った・・・。

去年の今頃の記憶がほとんど残ってないから、そういうものかなぁ、という感じなのだけど(ただひたすらレポートで泣きそうになってた記憶がメインで外の状況とか覚えてない)。そう言えば、C.K. Prahalad が亡くなって(授業を受け損なって)心理的ダメージを受けたとか、iPadリリースで頭を悩ませていたみたいなことはあったのは覚えてるかも。

去年、お風呂に入る余裕がないとか、家に帰れないとかそういうペースだったから、今年は忙しい割にはゆとりがあるんだろうなぁ、と思いつつ。

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Ford School での生活もほぼ終わりにさしかかってる。授業の数が減ったはずなのだが、リーディングと課題が今までよりも重いせいもあり、時間を取られているせいか、相変わらず綱渡りの生活が続く・・・。グループワークはまだ楽な方で(時間調整とかでいろいろブチ切れそうになるのだけど)、論文の中には消化をするために教科書(MWGとかEconometric Analysis)を読み返したりするので相当しんどい。

課題で煮詰まって、気分転換のために「あーでもないこーでもない」と考えながら散歩に出るのが気分転換みたいな感じ(Bostonに行ったのは一応、いいネタが見つからないのでネタの仕入れに出かけたという意味もある)。

ふとこんな生活は社会人として許されるのか、とちょっと思う。

これは、公共政策大学院は果たしてアカデミックスクールなのか、プロフェッショナルスクールなのか、という点とも実は関わってる。Kennedy School のように何でもありのマンモス大学院はさておき、policy analysis のリーダーを養成しようという形でアイデンティティを規定している Ford School にとって、「プロフェッショナルスクールである」ということはどれだけの意味を持つものなのか、と。

Ford Schoolの卒業生で世銀でコンサルタントをしている方の生活も、「(報告書の)第X章とY章の一案をZZ日締切厳守でとにかく仕上げてください。それまでは相談事がなければ、オフィス来なくてもいいから。」というようなこともあるそうで(=オフィスに来ていろいろ雑用をするよりも、締切を守る方がが死活命題だということで・・・)。

政策分析というスキルを使うタスクと、それ意外のタスクの性質の違いはあるわけで、「政策分析のプロフェッショナル」というのはどんなもんかいな、と(チームを作って作業を分担して分析をするという機会はあるのだけど、似たようなことは開発経済学の経済学者さんが社会実験系のプロジェクトをやる際にはではもっとちまちまとした話(それこそコンプライアンスの審議とか現地での手続きや調整)をチームで処理しないといけない)。

そういうところを考えると、Bスクールはそういうものを鍛える要素は(アメリカで生きていく上で必要なネットワーキングとともに)ずっとしっかりしているのかもしれない(意外と、Ford SchoolとBスクールのDual Degree 生はいたりする)。

ようやく乾燥が終わった。これでようやく学校に行ける(涙)

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先週末、Harvard Kennedy School のCenter for International Development とMIT Sloan の学生団体がそれぞれ開催するカンファレンスに参加するためBoston(厳密に言うと、Cambridge/Brooklineなのだけども)を訪ねていた。Pre-schoolの早い時期から当地で過ごしていたこともあって、自分の記憶は実のところBoston から始まってる(記憶容量の関係で大分圧縮、劣化しているような気もしなくもないが)。

両親と住んでいたアパートの近辺はそのままほとんど変わらず(近所の公演の遊具が変わってた気がするが)、自分の記憶の中にあるイメージよりも小さな建物に、自分が大きくなったんだなぁ、と改めて思い知らされた(ちなみにBUが徒歩圏内にあり、結構BU生が住んでいた(いる)らしい)。ここと、近所にある pre-school があったシナゴーグ(マサチューセッツ州最古)を訪れた。自分がお世話になった(付属の)建物は見事に別物になってけど(涙)。Green line 等々、この界隈の景色はおぼろけながら自分の記憶のままで、とても嬉しかった。

で、だ。

その後、Harvard まで徒歩で移動するという愚行に出てしまい、時間の都合上、elementary schoolや日本語補習校とか、弟が生まれた病院とかは行くことが出来なかった(家族で時々お世話になっていた日本料理店は数年前に閉店してたし、百貨店も建物自体が真新しくなっていた)。

カンファレンスの話は別の機会に譲るとしても、Harvard やMITを有するBoston (Greater Boston)は学園都市としては別格だし、有象無象の大学や研究所(とか卒業生のベンチャー企業とかも)が集積していることもあって非常に活気に溢れる街のように見えた。東海岸の交通網の利便性もあって、New YorkあるいはDCといった都市と離れていてもそこに人が根こそぎ持っていかれるということは無い(著名大学は移転しないだろうし)。

ミシガン大学は実は元々Detroitにあったけど、1837年にAnn Arborに移転してる(ちなみに同年にミシガンは正式に米国の州になった次第)。仮に、そのままそこに居続けたとしたならば、Detroitの姿もちょっとは違ったものになっていたかもしれない(その変わり、今のような想像を絶するような広大なキャンパスにはならなかったかもしれないが)。

街を散策していても、Barneys New York 等の百貨店の品揃えは微妙にChicagoよりも良かったり、家電製品探しもしやすい(iPad 2はどこ探しても無かったが)。

New Yorkや、DCと比べると、観光名所と呼べるところは少ないものの、アカデミー賞も受賞している五大オーケストラの一つ、Boston Symphony Orchestraや、Museum of Fine Arts, Boston 等々かなり手堅く観光地に求められる要素を抑えているように見える(行かなかったけど)。

Detroit の再興ということを考える際に、DC/NYは別格としても、Chicago がそばにあり、主力の自動車産業も微妙に郊外に移転したり、代わりの産業もTroyあるいは、Ann Arbor が持っていっちゃうとなるとどうするのやらねぇ、と思わざるを得ない。経済システムとは残酷なものだなぁ、と。

こうやって考えると、自分が住んでいたエリアを比べると、「そりゃ、日本に住みたくはないわな」と妙に納得する次第。Detroit 市内に住んでいたら、ひょっとしたら「日本がいい!!」とか言ってたかもしれない。

なお、食事についてはカンファレンスの朝ご飯とお昼(=サンドウィッチ)、夜は時間が無くって遅くまでやってるMITそばと中華街の中華料理店に行っただけだったりする(なお、30分くらい真剣にマクドナルドに駆けこむか、如何にも微妙な中華料理店で食べるか悩んだ)。

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