Feeds:
投稿
コメント

Archive for the ‘08. soul searching’ Category

学部生の中には既に期末試験等を終えて引越しをしている姿を見ていたりするけど、自分はまだそこまで辿り着いていない。ミシガン大学の文系学生等と、歴史学、政治学、一部の地域研究関連が集まる建物のロビーに「Before  I Die, I Want To…」というお題で学生のメッセージが掲載されていた。例えば、「Go To Tokyo」とか、「Make A Song」みたいなかわいらしいものから、「Make A Difference(Mはミシガン大学ロゴ)」や、「Became A Michigan Difference」みたいな気合いの入ったものまで多種多様。

ちょうど卒業を間近に控えた振り返りの時期にあったということもあり、若干感慨を持って学生のコメントを見ていた。

2009年には自分をかわいがってくれて渡米前に見舞いに行く予定だったにも関わらず、祖母が自宅に戻ることなく亡くなり、人権畑の外交官の中では個人的に尊敬していた斎賀大使/国際刑事裁判所(ICC)判事がハーグで亡くなられ、さらにミシガン大学に来たら授業を是非取りたいと思っていたIEDPの立役者でもあり、チェコの大統領選で僅差まで現職を追いつめた我が校の教授 Jan Svejnar の奥様のKatherine Terrell教授も客死、ミシガンに行く直接の決め手でもあったC.K. Prahaladもその翌年早々に客死し、異国の地あるいは自分がほとんど知らない土地で死ぬってどういう感じだろうと考えることがあった。

もちろん奥大使や井ノ上一等書記官の件もあって前から考えているのだけど・・・。

自分が死に直面した時に「後悔」をするかどうか、という話。

欲が出ると、仕事と自分のプライドを同一視してしまいがちだし、行政官として「私」を押し出したり、それを自己実現の道具にするのはいかがなものかと思いつつ、何がしかの付加価値を付けていかないと自分自身として面白くない。

まだ外交の一線にもまだ立ってないし、本省での仕事でもそのバランスを組織の中でどう保つかという話でもまだ試行錯誤をしているような段階で(最終的には上司との間合いの問題だというどうしようもない結論になってるけど)、偉そうなことは言えないのだけども。

行政組織の中で仕事をしている以上、道半ばの仕事は誰かが引き継いでくれるはずだし、引き継いでくれる仕事をしているべきだと思う(引き継ぎとか、organizational memoryがごっそり抜けている場面を経験すると・・・(涙))。

自分の道しるべは自分と同じ人間がいない以上自分で見つけるしかない、か。

広告

Read Full Post »

最近はiOSを使った製品ばかりが話題になっているAppleだけど、僕はまだ彼らがパソコンメーカーであると信じてる。そういうわけで、iPad ユーザーを横目に殺意を抱いたり、MacBook Airユーザーを目の当たりにして薄さと希少性に羨望の眼差しをこっそりと送りつつ、今年の1月からMacBook Airのアップデートを待っていた

さて、そのようやく苦節数ヶ月の我慢が実を結ぶ時が来るのか、やっぱり(次期)iPadを待つことになるのか、10月20日にいよいよMacintosh をフィーチャーしたイベントが開催される。次期OS X(Lion?)のお披露目も噂されており、僕のMacBook ProはまだSnow Leopardを入れていないが、(よもやこの期に及んで出し惜しみするとは思わないけど)MacBook Airの発表がなくとも、今後のMacintoshの行く末を占う重要なイベントになると予想される。

ちなみにMacBook Airについては、11.6インチ液晶の搭載に伴う薄型化・小型化と、低電圧版のCore iシリーズの搭載が7月からずっと噂されている。13インチのMacBook Proを担ぐことに疲れた身としては、一刻も早く白黒付けて欲しい、と。

Read Full Post »

新学期がスタートして1ヶ月が過ぎ、授業も気合いを入れないとリーディングが重たく感じる今日この頃。Twitter でのつぶやきにかまけていて、blogに書くこともあまりないというわけではなく、書こうと思っているネタが実は5年とか6年前に(別の、しかもサービスが終わった)blogで書いた記事の焼き直しであったり、良識ある社会人と比べると相当ゆるゆるの自分的基準の中でも、生肉ドレス的な衝撃があって politically incorrect に思われたり、記事にするにはちょっと調べものが必要なものがあったりと、いわゆる倦怠期に入った兆候が出てきていております。

Bスクールの先生がマーケティングの技術のライフサイクル(ソーシャルマーケティングの勉強をしたいと思ってその下地として履修登録したマーケティングの授業だったはずだが、この授業の枠内においてやっていることは外交とは全然関係ない)について触れた時に二つの関連研究を紹介して、「実は全く同じものであっても、忘れられた頃にキャッチーな名前を付けて世に出してやればまた流行る」とジョークで言っていたが・・・要するに、blogを書いていてもその新しいネーミング(含むレトリック、コンテクスト等々)が浮かんでこない。下書き欄にはいくつか書きかけの記事がたまっているのだけど、どの記事もどこかにデジャヴュを感じたり、生焼けに見えたりしている。

例えば、いつか書くとコミットしたような覚えがあるようなホノルルでの経験。

自分の父親に近い年齢の人(もちろん若い人もいたけど)と議論をする経験は何より貴重だったし、依然として日本のプレゼンスの高さを文字通り痛感させられた。しかし、それはバブリーな時代からのアセットをリターンとして食い潰しているだけで、バブル崩壊後の日本の迷走や、経済的な存在感は急速に落ちている。確かにある年代より上の人にとっては、AVはソニーで、カメラはキャノンやニコンかもしれない。しかし、若い世代にとってはMP3プレーヤーはiPodだったり、携帯電話はSamsungだったり。

様々な「しがらみ」が制約となって政治・経済・社会の足かせとなる中、それを如何に断ち切るか、どう乗り越えるのかという問題をずっと抱えたまま、様々な処方箋のメニューが to do リストに乗っかったまま二歩進んで三歩下がって一歩進むようなことを繰り返して今日まで至っている

それはアメリカでも同じだと思う。でも、正直羨ましいと思うのは「少しでも変化をつけよう」という前向きな気持ちを小さなことでも行動に移せる人が多い、少なくともそういうゆとりを持っている人がAnn Arbor には多いというところか。新しい服を買ってみるとか、食器を買えるとか、家具を入れ替えるとか、部屋に観葉植物を置いてみるとか、そういうどうでもいい小さなことでも変化をつけることで、少し気持ちのベクトルをずらすことが実は大事なのかな、と。

行ったことがないレストランに行ってみて痛い目に遭うとかも含めて。

「それって意味のあることなの?」とか「無駄なんじゃないの?」と考えたりすると、ついついある種確立されたパターンに沿って生活してしまいがちだけど(惰性というか慣性というか)。

ま、前向きにということ、

2週間前に下書きした記事を落っことしてみた。

Read Full Post »

Stay Gold

久しぶりにiPodをいじくっていたら、宇多田ヒカルの”Stay Gold”が耳に残った。アジエンス(Asience)とかいうシャンプーのCMで使われていた曲、「ねぇ、Darling Your Soul 優しく輝き続けるわ 大好きだから〜ずっと何にも心配いらないわ〜♪」という奴。

この「Stay Gold」ってどこから意味を引っ張ってきたんだろう、と気になった。そもそも金自体が「永遠に輝き続ける」という意味なので、この曲における意味もそういうものなんだろうけど(Forever Young系のよくあるフレーズ)。「Stay Gold」という言い回しあるいはタイトルの下敷きは、1983年にリリースされた Stevie Wonder の同名の曲から来ているんだろうということまでは辿れるのだが。

ここで便利なインターネット。このStevie Wonderの曲は、Francis Coppora監督の映画『The Outsiders』(原作はS.E. Hintonの1967年の作品)のオープニングテーマだったらしい。この作品の中で主人公(Pnyboy)が諳んじ、重要なモチーフになっているがRobert Frost の「Nothing Gold Can Stay(1923年、New Hampshir 収蔵)」という八行の詩(ついでに、死に際にJohnnyがPonyboyに「Stay Gold, Ponyboy. Stay Gold」と語る)。

Nature’s first green is gold,
Her hardest hue to hold.
Her early leaf’s a flower;
But only so an hour.
Then leaf subsides to leaf.
So Eden sank to grief,
So dawn goes down to day.
Nothing gold can stay

もう一つ重要なモチーフが『風と共に去りぬ』である。

余談ながら、1996年にリリースされたThe Get Up Kids(Emo系のオルタナティブロックバンド(棒読み)のアルバム「Four Minute Mile」には「Stay Gold, Ponnyboy」というタイトルの曲がある。どうでも良いけど、このバンドが後に契約し、最後にはUniversalに吸収されるレーベル「Mojo Records」の「Mojo」とは、アフリカ系アメリカ人の間で伝承されたhoodooという呪術で使われるお守りなんだそうな。

これが転じてモルヒネを意味するスラングになる・・・。ここまで来ると、サブカルチャーと密接な関わりなボキャブラリーになるわけで。さて、ミシガン大学にはMujoという喫茶コーナーがあるのだが・・・

それはさておき、この『The Outsiders』で描かれているオクラホマ州のとある町にある少年グループの対立は、社会格差による疎外と不安を描く上でよくある設定。若者が抱える不安や葛藤、苛立ちはモチーフは様々あれど普遍的なテーマ(The Strawberry Statementとかもそういう系統か)。1960年代〜70年代の時代背景と共に、政官財界を(相も変わらず)引っ張ろうとするベビーブーマー世代の心象風景を知る上では重要なんだろう、と。

これがそのうち、映像作品ならThe SimpsonsとかTwilight Saga、歌手ならBritney SpearsやLady Gaga、EminemとかNotorious B.I.G みたいなのが中心の世代になってくるわけか・・・。

Read Full Post »

Recently, I have often heard the phrase like this: Japan will contribute to the international community (or Asia) with Japan’s own experiences or expertise . OK, that is Japan’s credibility or what someone calls soft power. Japan’s shrinking economy (competitiveness, dynamism, population, influence, or whatever) pushes itself to rely more on its past heritage and legacy. Utilizing available resources is a dominant strategy in a competitive world.

But, wait. It would mean Japan remains in its own comfort zone, wouldn’t  it?

Japanese might be individuals who prefer status-quo; however, is that what we expect for a leader? If no, why can we say Japan would lead the international community while maintaining status quo? Staying in the comfort zone is not what other countries expect to Japan. In the global security issues, the international community, of course, including the United States paid attention to Japan during the Koizumi Administration. That is because Japan seemed to shift out of its comfort zone and seek what Japan can do more. The international community knew the limitation and restrictions that Japan faced; however, such leadership did matter for them rather than what it could do.

Of course, there is an argument that Japan does not necessarily take initiatives in the global arena (or regional arena). Then, how does it protect its national interest without leading agenda-settings or rule-makings in the world of conflicting interests. The world is gonna change with or without Japan. With its limited population (it is still one of the large countries in the world), how can Japan persuade others that it is still a large stakeholder in the “changing” global community while it tries to remain unchanged.

Unless the current ruling parties remain in power, Japan would struggle with the international community to protect its national interests more than the previous administrations. This ancient regime “2.0” is definitely incapable to envision and plan a grand design/strategy for the more rapidly changing world than what the old ruling parties (the “hybrid” regime) faced.

I am not sure to what extent that the Japan’s bureaucracy should function as quid pro quo of such role (political leadership). Or, the civil society or individuals with outstanding talents would play such roles via networking globally; what we call collective intelligence would substantially substitute global decision making bodies of the governments (if we assume that the chaos in Copenhagen was an apocalypse of transition to a new world).

This is, at least, what is clear: I would like to serve as a catalyst or interface to connect two different worlds (Japan and Asia, Western and Eastern, Developed and Developing, North and South, Connected and Isolated, Integrated and Fragmented, Government and Private, Like-minded and not-like-minded…). And, I am seeking where to place myself these different worlds, which I have not ever belonged to.

Read Full Post »

日本から大学の同期がアメリカに遊びに来るということで(仕事が一息ついたので次に忙しくなる前のつかの間のなんとやらとか)、シカゴまでお迎えにあがる。ニューヨークにいる友人も土曜日合流するということから、飛行機のアクセスと移動等々の問題から、Ann Arbor ではなく、シカゴで集まることになった次第。

後、一週間で4月なのだけど・・・レポート大丈夫なんだろうか(激しく不安になっている)。

朝6時55分のNorthwood 出発の始バスで出発し、7時48分発のAmtrak(Wolverine号)で一路シカゴへ。一日3本あるWolverine号、午後一の便で出発するプランもあったのだが、如何せん相手は10時にはシカゴに到着しているということもあって、始発(?)の車両で向かうことにした。

ホテルでチェックインを済ませた後、リクエストにお応えしてチャイナタウンにあるTriple Crownなる店で飲茶。その後、付近を散策。ニューヨークのチャイナタウンと比べるとエリアも小さく、随分と活気がなかった(しかも、シャッターを降ろしている店が散見された)。ブルックリンの倉庫街を寂れさせたような空気が漂っているエリア。

別にチャイナタウンでなければ美味しい中華を食べられないというわけではないのだが、僕らが選んだ店は地元の人が結構入っていた(もっとも一般的な飲茶の店のにぎやかさと慌ただしさではなかった)。さすがに調理したてのものが出てきていたので、味は及第点を上げられるかなぁ。一人チップ込みで15ドルくらいでお腹いっぱいになったので、そんなに悪くはない。ちまきが心持ちべちゃべちゃしていたのと、餃子の皮がやや柔らかかったのが気になったか。

ゴマ団子とココナッツプリンは美味でした。

その後、マーカンタイル取引所の見学(をしようとしたが、visitor centerは10分の差で入館出来ず。その後は、ウィルスタワーにのぼり、Oak Street まで散歩。Barneys New Yorkとちょっとその近辺のブティックをチェック。欲しい品物は依然入荷未定だった。

この時点で大体6時過ぎ(店員さんが閉店時間を過ぎているにも関わらず、商品カタログを出して説明をしてくれていた)。お腹がすかないということもあって、晩ご飯は軽食で済ませることに。何故か、ハンコックセンターのCheesecake Factoryでチーズケーキをお買い上げした後(厳密にはここで晩ご飯を食べようと思ったがあまりの混み具合にチーズケーキだけ購入することにした)、Al’s Beef でハンバーガーを食べて、ホテルに戻る。

Read Full Post »

書きかけのまま放置しているブログ記事の中に「秋学期の予定」というのがあるのだけど、未だにどの授業を履修するか未定。明日(もう今日か)、corsemart があるから覗くのも手か。

元々は、2年目はミシガン州、DetroitやAnn Arbor の政策コンサルティングプロジェクト(もちろん授業の枠内の話)をやることを考えていたんだけど、自分の将来の付加価値を考えるとなかなかそっちの方向に自分を振ってしまうのも躊躇してしまう。

英文学とか哲学、歴史を勉強した方が懸命なのではないか、とか。

(ミクロ経済学を土台にしている)公共政策のツール(の大部分は、あまり国際協調とか外交の世界では使えない(モデルが複雑になって解けないか、簡略化しすぎるから)。国内でどのような影響を与えるか、という部分まで議論を降ろしてこないとそうしたツールの切れ味が出て来ない。元々国際開発には関心を持っているけど、あまり「international development policy」というのを学びたかったわけじゃなくって、「理論と政策のリンケージ」や政治過程の勉強を軸にしつつ、そうした国内政策のプラクティスが開発にどう適用出来るかという部分でフォーカスを広げてみたいという立場だった。そういうわけで出願の際はinternational relationsとか、international affairsを売りにしている大学を全く受けていなかった。

しかし、実際にこっちに来てみると、僕は国内政策という部分には全く土地勘等のアドバンテージもないわけで、なかなか苦しい。投資効率が悪いなぁ、と(国内の政治過程を学ぶことは、今後相手国との関係を作る上で役に立つが、そもそも二国間外交の世界には(ほとんど)興味がない)。

Global issuesとされる公衆衛生や環境問題、居住や移民問題を学ぶ、というと口でいうのは容易いけど、個別問題を掘り下げられる程時間を割けないわけで、座学で広く浅く学ぶメリットがどこまであるかを真面目に考えだすと、結論として「うぎゃー」と頭を抱え込むことになる。

別に生涯特定領域の問題に取り組むこともないから、PhDを持つ専門家並の知識をそれぞれの領域で身につける必要もないし(物理的に無理)、それぞれの分野で最低限持っておくべき素養・知識の見極めも難しい(確率や統計学(回帰分析/時系列分析)、その他数学以外だと共通のディシプリン(フレームワーク)があるわけでもないし、それ故素養や知識はあるにこしたことはない、の世界でもあるだろうし)。

要は、くまったくまった、ということなのだが。

Read Full Post »

Older Posts »